白帝通信
月に1回、情報誌の「白帝通信」を発行しています。
その中のコラムを抜粋してご紹介します。
ー2026年 1月号ー
「勉強」って何でしょう?
新年明けましておめでとうございます。昨年も、生徒・保護者の皆さまにご支持とご支援をいただきまして、無事に新しい年を迎えることができました。誠にありがとうございます。引き続き本年も宜しくお願い致します。
さて、新年最初のお話は 「勉強の価値」について。昔は 「どうして勉強をしなくてはいけないの?」は、割と定番な質問だったと思いますが、最近はあまり聞かなくなったような…。それはさておき、勉強の価値とはどのあたりにあるのでしょう。
勉強というと学校の授業やテストを受けて、宿題などカリカリ解いていく…といったイメージが強いと思います。問題を解く=勉強と思いがちですが、これはまだ本当の勉強ではありません。(勉強をするための方法や基礎知識を学んでいる)という段階です。
では、「本当の勉強」とは、どういうことか。それは 「自分でやりたいことを見つけたときに、それを実現するための方法を考え、実現に近づけていくこと」 が本当の勉強です。自分でやりたいこととは、例えば 「今より一段階難しい仕事をするために資格が必要である。どんな試験があって、実務条件があって、それらをどのようにクリアしていくのか…」。こういうことを考えて実行する過程全部が勉強です。
仕事以外にも 「この会社に就職するには」「家を建てるには」といった大きなものから、ジョギングを続けて走れる距離を伸ばしていく、料理のレシピを調べてちょっと違う料理をつくってみる、目標に見合う腕を目指してちょっといい道具を買う…といった小さなものまで、純粋に自分から(やってみたい!できるといいな!)と思いレベルアップを目指す行為は、すべて「勉強」と言えます。
中学高校での定期テストでは 「授業を受けて学習して、示された範囲の中で出題される問題に答える。そのために、何をすればよいか考えて準備をしていく」 この過程がとても重要です。単純に点数をとるだけではなく、そのための準備が上手にできるか。学校での勉強は、将来「本当の勉強」ができるようになるための訓練でもあります。
そんな風に、自分のレベルアップをしていけると、変化や発見に富んだ豊かな人生になっていくのでは、と先生は思っています。毎日、同じことばかりを繰り返していると忘れてしまいますが、もともと、新しいことを見つけたり、自分がレベルアップすることは単純に楽しい!はずです。
豊かな人生といってもいろいろあります。人それぞれ、好きなことをすればいいと思います。一例としては 「うれしいこともつらいこともある。楽しいことも悲しいこともある。 過去には学びがあって未来には希望がある。変化が、起伏が、発見が、驚きがたくさんある。 そんなワクワクする毎日が続いていく」 こんなイメージです。 勉強をするとワクワクも見つけやすくなるかも…今年も、たくさんのワクワクが見つかるとよいですね。
ー2025年 10月号ー
国語力とはなんぞや?
9月末から10月にかけて一気に涼しくなって秋らしい天気が続いています。その季節「らしい」天気なんて久しぶりな気がしますね。まだ、夏日も出てきそうですが、30℃なんて涼しいものだ!
英語・算数と続いてきたので、今月は国語。「英語」と対比すると「日本語」という科目名にしてもよさそうですが、どうして国語なんでしょう。そこにはいくつか理由があります。
理由の一つは、国語の授業では言語としての日本語の勉強よりも他の力をつけることが目的になっているからです。動詞・名詞・助詞…とか文法の勉強もありますが割合的には少なくて、それよりも読解力・表現力・語彙力…といった文章や言葉を理解して使いこなす力の方に重点が置かれています。
大きく「読解力」と言われる力は ・文章の意味を正しく理解して ・問われた問題のポイントに合わせて ・過不足なく答えを出す といった力です。もう少し発展すると ・背景にある理屈を考える ・情報を分析、評価する ・自分なりに解釈、要約する ・自分の考えを述べる…と続いていきます。
いずれも、他の科目のテストや問題を解くための基本ルールになっています。国語ができないと他の科目もできない…というのはあながち間違いではありません。また、日常のコミュニケーションも文章を理解することも「正しく言葉を理解する」ことが基本ですから、国語力の延長にある、と言えるかもしれません。
思考の多くは言語によって行われます。そのため、考えるためのツールとしては高性能な言語力の方が、いろいろなものを作ったり創ったりできます。言語を自在に使うことができれば、文章の内容や相手の話を理解することはもちろん、自分の考えをしっかりまとめて保管しておくこともできます。更に言葉にすることの強みは、人に伝えることが簡単になります。
もともと言語は他者への伝達のために発達したものですから、自分の考えを表現したり誰かに伝えることが本来の目的だったはず。個人的には「炎上しないSNS教室!」とかが、本来の国語力にそっているのかもと思ったりもして…
このように「国語力」とは1つの科目を越えた様々な力を含んでいて、おおげさに言うと自己形成の基盤にもなる重要な力だと思います。豊かな国語力は豊かな思考につながりますし、豊かな思考は豊かな人生につながるかもしれませんね。ー2025年 7月号ー
×の種類
(6月なのに猛暑日は勘弁してください…)と思っていたら、今度は梅雨明け宣言。まあ、憂鬱な雨よりはいいかしら と思いますが、異常気象も温暖化もゆるまるどころか加速しているように見えます。ここ数年だけでも(こんなの初めて聞いたわ…)というおかしな天気が、毎年々出てきていますね…
6月は定期テストお疲れさまでした。1年生は初めての、他の学年は何度目かのテストでしたが、自分の取り組みとテストの結果はどうでしたか。いろいろと課題はあると思います。単純に時間をかけていない…用語の暗記が不十分…問題を解く演習が足りていない…具体的な課題は人によって違いますが、その中でも1つ徹底してほしいことがあります。それは「どうしてその問題が×になったか」を考えること。×の中にもいろいろ種類があります。掘り下げて考えると防止策もとれます。いくつか例と対策をあげると…
① 単純に言葉や用語を覚えていない
覚えていないものは書けません。問題集・一問一答・過去問で、どの問題を見てもパッと答えが出てくるようにしてください。暗記は、時間をかけて自分で本当に覚えているか…繰り返し確認するしかありません。
② 解法は分かったけど、自分では再現できてない
数学でなるやつです。数学は「わかる」と「自分で解ける」の間に大きな壁があります。必ず何も見ないで0から正解までたどり着ける、ということを確認してください。(解説は分かった)で止まっている人がとても多いです。英作文も構文の形だけでなく細かいところまできっちり書く必要がありますね。
③ 問題で聞かれていることが把握できていない
指示が複雑な問題や、理科の実験などでたくさん説明が続くものなど。頭の中で意味を広げながらじっくり把握する必要があるのですが、結構苦手な人が多いです。先生が説明すると(ああ、そういうことか)と正解するのですが、やはり自分で読みとれないと入試や模試のときに苦しくなります。
④ ケアレスミス・計算ミス
一番単純な×ですね。あとから自分で見て(なんでこんなこと書いてんだろ…?)(6×7がなんで48?)みたいな間違いは意外と多いです。対策は「集中!」のみ。見直しをして気づく可能性は残念ながら非常に低いので、1回目からきっちり決める気合が必要です(なんか精神論ですみません…)。
さて、最後にもう一つ重要なことを。こんな対策は聞いたことが多いと思います。(うん、知ってる)と思った人。本当に実行してます?重要だ!必要だ!と思いつつ、やれていないことって結構ありますよね。単純にやったらやっただけ効果は出ます。そういう経験を勉強でしておくと必ず財産になります。
ー2025年 6月号ー
やる気スイッチって?
5月は30℃を超える夏日もありましたが、ここのところは平年並みの気温が続いています。ロードバイクに乗っていても爽やかな日が多いですね。梅雨も近づいていますが、程ほどでお願いしたいです。
さて、6月は中学でも高校でも定期テストが集中します。「今回のテストこそ早めに準備しよう!」という決意の人 「進路につながるテストだからがんばらなくては…」という受験生 「定期テストってどんなの?」初めてで勝手が分からない1年生。状況は様々ですが、テスト勉強の原動力はなんといっても「やる気」につきます。今月はそのやる気についてのお話。
「やる気」にはざっくり2種類あります。1つは「内発的動機付け」と言われるもの。漢字を見るとなんとなくわかるでしょうか。これは、自分の内面から生まれる動機で、自分から興味・関心を持って自身の成長などを楽しむことで生まれる動機です。部活以外でも走り込みをしたり素振りを毎日続けたり、推しの作品やイベントを調べたり…と、楽しいから特にがんばらなくても続けられる状態です。
もう1つは「外発的動機付け」。外から影響を受けるもので、評価・報酬・罰・人からの期待…などを考えつつ行動を起こすことです。テスト勉強に合わせて言い換えると、通知表・お小遣い・ゲーム禁止・「あなたはやればできるのよ!」といった感じ。
勉強では先の2つのうち「内発的動機付け」ができると圧倒的に強いです。勉強すること自体が自分のプラスになることが分かって、強制されなくてもノルマを与えられなくても、自分で必要なことを考えて実行していけます。「勉強しなさいよ」と言われたことがない人は、その勉強の仕方になっているのかもしれません。
先生としては、この「がんばることで将来の自分にプラスになる」という感覚がとても大事だと思っています。そのことを知っている人は「~しなさいよ」と言われなくても自分から行動します。小中高での勉強の目的の1つで、かつとても重要なのが、このことを体験して知ることだと思っています。
「やる気スイッチ」というのは、内発的動機付けのスイッチです。ですから、残念ながら他人が押すことはできないんです…せいぜい (楽しいよ~素晴らしいんだよ~)と演出して、それがスイッチオン!のきっかけになるのを期待するくらいしかできません。でも、何事も「知ること・認識すること」から始まります。こういう文章でもきっかけになりますように…と淡い期待を込めて書くわけですね。
ー2025年 2月号ー
やるべきときにやるべきことを
3月並みの気温…かと思えば、次の日には平年並みの寒さに戻ったりして、忙しい天候が続いています。服装などを(寒い側)に合わせて考えてしまうのですが、年をとった証拠ですね…。上着無しとか裸足(!)とかで教室に来る子もいますが、子供の寒さの耐性はどうなってるんでしょう…
さて、2月になって受験のハイシーズンを迎えます。例年、子どもを送り出すたびに、自分の入試の時以上に緊張したり上手くいきますようにと願ったり、ソワソワと落ち着かなります。自分のことなら自分で頑張るだけなんですが、子どもに「頑張ってほしい」というのは、せいぜい「集中してね」「時間に気を付けてね」と声をかけるくらいしかできないので、歯がゆいですね。
でも、集約すると願うことは1つだけで 「ベストを尽くして悔いがないようにしてほしい」です。「ベストを尽くす」というのはどのようなイメージでしょうか。「試験当日に、きっちり実力を発揮して自分の最高の点数をとる」というのが、わかりやすいベストだとは思います。でも、それ以外にも準備の段階でベストに近づけるかどうかは、ある程度決まってきます。
これまで試験に向けて勉強を積み重ねてきたわけですが、それぞれの時期で、自分が出来る限りの準備や努力はしてきたでしょうか。「だいたいできてると思います」という人はOK。「完璧ではないけど自分なりに…」という人もOK。「あまりやってないけど、自分としては納得してます」という人もOK。ダメなケースは、結果が出たときに(後悔する)ような取り組みだけです。
ベストを尽くすというのは 「やるべきときにやるべきことをやる」の積み重ねです。これは勉強だけではなくて、人生や仕事なども含めてあらゆる場面でいえることです。積み重ねてきたことで、最良の結果が出れば言うことなしです。反対に最良の結果ではなくても、やることをしっかりやっていたなら後悔はしません。気持ちは (次にどうするべきか)に向かっていくはずです。誰も見ていなくても、自分は (自分がやってきたかどうか)をよく知っています。後悔するときは、過去の自分に対して (どうして必死にやらなかったの…)と言いたくなるときです。
先生としては、点数が高い・低い…理解力が高い・イマイチ…順位がトップクラス・後ろから何番…などの違いは能力や個性の違いくらいで、点が取れるとすごい!進学校に行ったらえらい!みたいな感覚はありません。(ピアノが上手)(足が速い)などと同じ話です。それよりも、向上心を持っているか・自分に恥ずかしくない行動をとれているか・やるべきことをやっているか、そういったことの方がよほど大切だと思います。それができれば、点数UPも合格もちゃんとついてきます。まだまだ、やれることは残っていますよ。
ー2024年 12月号ー
習得のメカニズム
11・12月も暖かすぎる気候が続いています。いつも時候について書き始めるのですが、ここ数年は異常気象や温暖化に関するものが大半です…「温暖化ストップ!」というと(がんばればストップしてもとの状態に戻せる、いつか戻るはずだ!)というイメージですが、実は戻るどころかストップすることすら困難です。 いまのところ、どのくらい温暖化をゆっくりにできるか が現実的な目標になっています。生きてるうちに「温暖化が止まりました!」となるかなぁ…
さて、表題の習得について。まずは「言語」について考えてみましょう。日本語の語彙の総数は30万とも50万とも言われていて、中学生では2~4万語の言葉を知っているそうです。ものすごい数に感じますが、1つ1つの言葉を教えてもらったり調べたりはしていないはず。でも、どうして知っているんでしょう…?
言葉の多くは、本や会話などでその言葉に触れたときに、前後の関連性から推察して(こんな意味かな?こう使うのかな?)と、自分のものにしていきます。すべての言葉を勉強したわけではないのですが、自分でも知らないうちに使える言葉が増えていきます。日常生活に必要な言葉は 10000語に満たないそうで誰でも使えますが、それ以外の部分ではかなり差が大きいようです。「やばっ」「すごっ」ばかり言っている子などは(大丈夫かしら…)と思ったりして…
そういう無意識の習得は、言語以外でも行われています。「弟子が師匠の技を見て盗む」ではありませんが、特定の状況を繰り返すうちに、教えられていないことでもできるようになったりします。そういう習得が得意だと、どんどん知識や技能が身につきます。必要なのは 「好奇心」「注意力」「自負心」。興味を持って、周りをよく観察して、自分ならできる!と思っている人が、実際にできるようになっていきます。
ただ 「興味をもって」「観察して」は、スマホの台頭で危うくなっているかも…と感じます。知りたいこと・思い出せないこと・不思議に思ったことなど、検索すれば一発で答えが出てしまうので、その答えを見た瞬間、興味も注意も消えてしまいます。仮説を立てて検証したり自分なりに考えたりしなくても、結果も理由もすでにネット上にあるんですね。速さと手軽さが、反対に仇になっています。もっと恐ろしいのは(ネットにある情報は結構間違えている)ということはご存じでしょうか…
だからこそ、考えて知識を身に付ける人と、結果だけ見て考えない人との差は大きくなっていくはず。労力をかけず、ササッと知ったことは忘れるのも早いかもしれません。でも、そんな学び方も習得の技術も、時代とともにかわるんでしょうね。「スマホが使えないときはどうするの?」と聞いたら「使えない状況にならないようにします」と答えが返ってきそう…